‘本’ にカテゴリー分けされたエントリー
「ベトナムGXトラベラー」
7月 15, 2007 · コメントを書く
「旅行カメラ」でベトナムを撮った写真集。
著者の写真家、横木安良夫氏はブログを書いている。
プロの人の写真をブログで見られるのは本当にありがたい。
GX100の使用レポートなどもあって、ものすごく参考になる。
「タンタン」と「タンタン」
4月 21, 2007 · コメントを書く
高円寺の「タンタン」に行った(先日)。
ラーメン屋さん。
学生の頃、たまに行っていた店だ。
中の人は違ったが、店の様子は当時のまま。
(つまり、あまりきれいではなく、とにかく狭い)。
みそラーメンを食べた。
これがなんと、自分が記憶していたのよりも、おいしかった。
ラッキー。
「タンタン」で忘れてはいけないのは、「タンタンの冒険旅行」シリーズ。
フランスベルギーの昔の漫画だ。
「フランスベルギーの昔の漫画」というだけで、なんとなくおしゃれっぽく感じてしまう。
田舎者の証拠かもしれない。
以前、地下鉄に乗っていた有名私立の小学生が、行儀良く座席に腰かけ、「タンタン」を無心に読んでいたのを思い出す。
あまりに似合いすぎていた。
「そうか、東京のハイソな家庭の子どもは、こうやって育つのか」と、しみじみと思ったものだ。
漫画の方の「タンタン」には、日本語公式ページがあった。
小林秀雄の文章が新書になった
4月 18, 2007 · コメントを書く
有名なこちらのブログでも、取り上げられている。
さっそく読んでみた。
個人的なメモとして、短めの文章をいくつか。
僕は伝統主義者でも復古主義者でもない。何に還れ、彼(か)にに還れといわれてみたところで、僕等の還るところは現在しかないからだ。そして現在に於て何に還れといわれてみた処で自分自身に還る他はないからだ。こんなに簡単で而(しか)も動かせない事実はないのである。
人間は、正確に見ようとすれば、生きる方が不確かになり、充分に生きようとすれば、見る方が曖昧になる。誰でも日常経験している矛盾であり、僕等は永久に経験して行くことだろう。
モオツァルトは、目的地など定めない。歩き方が目的地を作り出した。彼はいつも意外な処に連れて行かれたが、それがまさしく目的を貫いたという事であった。
民主主義政治という大芝居には、政治家という役者と国民という見物人が要る。比喩的な言辞ではない。実際に、政治家は見物のこわいことを知っている名優でなければならず、見物は金を払って来た見巧者(みごうしゃ)でなければならない。政治的関心などというとぼけた言葉なぞ要りはしない。
成功は、遂行された計画ではない。何かが熟して実を結ぶ事だ。其処(そこ)には、どうしても円熟という言葉で現さねばならぬものがある。何かが熟して生まれて来なければ、人間は何も生む事は出来ない。
ディック・ブルーナというおじいさん
4月 17, 2007 · コメントを書く
ディック・ブルーナは「ミッフィー」の作者だ。
1927年オランダ生まれ。
もう80歳。
今でも「ミッフィー」を描き続けている。
現役バリバリ。
すばらしい人生だ、と思う。
自分とは全然違うけれども、一つの目標ではある。
掛け布団怪獣の窒息攻撃
1月 16, 2007 · コメントを書く
歩くだけではなかなかやせないので、キックボクシング・フィットネスのDVDブックを買ってみた。
キックボクシングの動きを元に、フィットネスとしてシステム化したもの。
けっこう楽しい。
しかし、これでフィットネスになるのなら、単なるシャドー・キックボクシングでもいいような気がする。
男の場合とくに、K1のイメージが頭にあるので、自分の好きな選手の動きを妄想しながらやると、はまる。
個人的には、全盛期のピーター・アーツ。
(しかし、キックはローキックだけ)。
そういえば子どもの頃、ウルトラマンになったつもりで、よく掛け布団怪獣と闘っていたことを思い出す。
掛け布団怪獣の必殺技は「窒息攻撃」だった。
これは、頭の上からすっぽりと掛け布団をかぶり、勝手に苦しがる、というもの。
当時、掛け布団に覆われて真っ暗になると、なぜだか本当に息ができなくなるような気がしていた。
何かのCMで、蛍光灯のひもを使ってボクシングの真似をしているやつがあったが、たぶんやったことがある人は多いだろう。
調子に乗りすぎて、こぶしにひもの先がひっかかり、ひもを根元からちぎってしまったことも、今は懐かしい思い出だ。
Amazonのブックカバーはいい
12月 10, 2006 · 1件のコメント
以前、Amazonのブックカバーのことをエントリーしたことがあったけれど、実際これがかなり使い心地がいい。
650円だから、コストパフォーマンスも相当いいように思う。
写真は文庫サイズ。
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